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2020年10月1日更新

美しい秋到来

         


上半身
 

今年の夏の暑さは厳しかった。日毎に疲労が澱のように溜まって行く気がした。暑さばかりではなく運動不足のせい?代謝の悪さ、加齢によるものか?今、アレコレと改善方法を模索している。

脊髄損傷者(以下、セキソン)、特に頸髄損傷者(以下、ケイソン)は一般の人より寿命が短いと言われている。怪我をした当時(35年まえ)に医師からは、10年くらいは生きるだろうと言われた。聞いた時のショックよりも「そんなに生きないといけないのか、しんどいな。」というのが正直な気持ちだった。ところが、1年も過ぎたあたりから、もっと沢山生きたい、と思うようになった。医師の話に反して皆、長く生きている。今、生きている人が寿命の記録を伸ばしている状態だ。

さて、私は今まで3冊本を上梓した。2冊目を執筆中に、1冊目の読者からリクエストがあった。車いすユーザーの性に関しての記述はぜひ入れるべきだ、との指摘。みなが思う障がい者像は、清く悲しく健気。そんな上っ面なステレオタイプのイメージを破って欲しいという、地に足付いた当たり前の生活を伝えるべきだということ。私なりに入れたつもりだが、最近の車いすユーチューバーはそんなものではない。もっと突き抜けているのだ。

車いすユーチューバーが性に関して、また排泄について大胆に語っている。しかも堂々と顔を出している!私の友人達の間では、まだまだ驚きのことだが、今はそういうものなのか。ちょっと人には聞きにくい情報をユーチューブで簡単に手に入れることができる、それは新たな車いすユーザーの自立を大いに助けることだろう。しかも、「こんなにあっけらかんと生きていけるのだ」という姿を見せつけられたら、肩の力も抜け、それが希望の光にもなる。

すべての人が明るく元気にカミングアウトできるわけもなく、実は少数派かもしれない。なかなか障がいを受け入れられず、自暴自棄になる人や、息を潜めて存在すら隠したい、絶望の淵から這い上がれない人も一定数はいるだろう。あえて言うと、たまたま日本に居て、障がい者になったという事実は幸運なことなのだと。もちろん障害をもったことが幸運とは言っていない。

障がい者が生き易い国は、そう多くない。

障がい者は一般の人よりも遥かに環境に左右される。生き方のみならず、命すら危ぶまれる。あるところでは女性である、体に障害がある、人種や民族が違うことによって人としての価値までもが低い扱いを受けることもある。それは命までも脅かす。

日本ですら、私が障害をもった35年前より今の方が生き易くなった。また人としての価値も、その頃より認められるようになったと思う。それは先人の努力や政治が動いた事や民度の高さもある。それだけ日本が成熟した国になったのだ。いつの時代に、どこで生まれるか、どこで暮らしているかによって、同じ障害でも、その障害が増えたり減ったりするわけだ。

それを表しているのが1990年台のセキソンの死因原因だ。今とは違う。1位は呼吸器疾患。2位が不慮の事故。3位が自殺。ショックな事実である反面、それもあり得るな、とも思う。ほんの少し前に感じる90年台だが、脊髄損傷者は失意の底にいる人が多かったということだろう。2位の不慮の事故というのはいったい何だろうかと想像した。お風呂場で転ぶとか、側溝に落ちる?餅を喉に詰まらせる?のか。私も気を付けたいと思うが、気のつけようがないから不慮というのだ。今の死因は、その頃とは違って、すべてを病気で占めている、一般の人と同じだ。その頃を思うと、今のユーチューブを発信している元気な車いすユーザーは隔世の感だ。大いに後進を引っ張っていってもらいたいものだ。

夏からあっという間に冬になりそうな勢いだが、日本の美しい秋を満喫しましょう。

 

 

 

                                                             

“おしゃべり’も更新しました。”

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