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2018年10月1日更新

「ある朝」


hyoushi4gatu

 

 

 新宿から7キロの我が町は、道行く人の年齢層が昼間と朝晩とでは、ガラッと違う。昼は高齢者が目 立つ。杖や押し車を使う人も多く、空気がゆっくり流れているように感じる。

 朝は通勤の男女が駅に向かって急ぎ足だ。30代40代が多い。駅への道は数年前まで12時を境に一方通行が逆になる!という珍しいものだった。

0時から正午までが駅に向かっての一方通行、正午から24時までがその逆だ。トラブルも多く、今は時間に関係なく一方通行になった。

ある朝、私は駅に向かって車いすを漕いでいた。人の流れは断然、駅に向いているが、逆方向からやってくる少数派の中に、白杖を使っている男性がいた。40歳?くらいのその人は、数年前から同じ時間に見かけるので、この近くに勤務しているのだろう。いつもと同じ右側を歩いている。その彼の前に、道沿いの家から車が出てきた。

次の瞬間、バキっと音がした。彼の白杖がタイヤに轢かれて折れたのだ。車はそれを知っているのか知らないのかは不明だが、そのまま行ってしまった。彼は、茫然として立ち尽くしていた。

数人がその様子を見ていた。そのうちのひとりが白杖の先を拾って彼に手渡して、ひとこと何かを言って再び駅に向かって歩き始めた。その後も じっと動かない男性が気になり声をかけた。

「何が起きたかお分かりですよね」と尋ねると「ハイ」と。次に「この先にコンビニがあるので、杖をつなぐためのガムテープを買ってきて繋ぎましょうか」と言うと「はい。」

「では、ちょっとお待ちください。急いで行ってきます」とすぐに坂を下った。コンビニは駅と反対に300mほど下ったところにある。行きは40秒?もあれば辿りつくが、帰りの上りは、2,3分はかかるな、と思いながら「ここで躊躇っている場合じゃない」とボケとつっこみを自分の中でやっていた。それと同時に考えていたことは、ガムテープくらいでは、途中で杖の先が外れるかもしれないということ。そうなると、彼は自分で杖の先を見つけることは、当然できないわけだ。

何かいい方法がないだろうかと思いつつ、コンビニの中に入った。ガムテープより透明のビニールテープの方が見栄えがいい、これとハサミと割り箸の束を買った。足の骨折と同じで、割り箸で添え木にすると丈夫かな、と。中だけ抜けたら同じ?

急いで彼のもとに辿りつきたいが、上りは何としてもキツイ。最近は肩の関節まで痛くなり、まったく情けない。待っていた彼に割り箸の束をもってもらい、杖をつないでいると、知り合いのおばさんが近づいてきた。

「何やっているの?」と。説明しながら作業を続けていると「私の方が器用だからやってあげるわよ」と言うので、今度はアシスタントになって、添え木の割り箸を押さえていた。

彼は、この近くで鍼灸をしていると言う。白杖が車に轢かれることは初めてではないらしい。もっと怖いのは、自転車のスポークに杖が入って、そのまま自転車の車輪が回っていると転ぶ。手を痛めたりするらしい。相手も転ぶだろうなぁ・・・。聞いているこちらまで怖い、貧血になりそうだ。そうこうするうちに不細工ながら修正完成。一日は持つかしら、などと言い合いながら彼と別れた。

その後ろ姿を少し眺めていた。あれで良かったのか?判断のつかない思いだった。こんな作業で時間を取るよりは、早く職場に送ってあげたほうがよかったのかな?実はサッサと行きたかったが、遠慮して言えなかっただけではないだろうか、などと考えていた。視覚障害者の知識が無い私は、何がベストな対応なのかが分からない。はじめに聞くべきだったのだろう、どうしたいかを。いつも後で反省する。

 この日は私も時間があったが、もし新幹線の時間が迫っていたら、こんなことはしなかっただろう。では、私はどうしただろうか。誰も彼に声をかけないなら、やはり歩みよるだろう。で、何を言うか。「駅の交番で事情を話してココに来てもらいましょうか?」かな。

障害は違っても有事の際は、どうしていいのか途方にくれるのは同じだ。何でも無い時のノウハウはリハビリで習っている。でも、有事の時の対応は教わっていない。経験者と意見交換するしかないのか。

車いすで困難なことは雪道だ。出なければいいのだが、いったん、出かけてしまった後で猛烈な雪が降ってきたときには本当に困った。見る見る10センチくらいは積もった。車いすのタイヤは溝が小さい。漕いでも、前にも後ろにも行かない。横にも向かない。ただただ空回りするだけだ。誰もいない独りなら、かなり恐ろしい。数年前に、そんな場面に遭った・・・。これは、またの機会に紹介したい。

 

 

 

 

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