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2023年10月1日更新 

~もの想う秋かな、本音を吐露~ 

          


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人生の残り時間を意識しながら過ごすことは、より積極的に生きることに繋がると思います。しかも体力を考えると、やれる時はドンドン限られていきます。

今が生きている中で、一番若い時なので、したいことはサッサとしたほうがいい。やり残した感がないように。

さて、皆様は何をやっておきたいですか。私はハタと考えてみたら、歩けたならば したいことや出来ることは思い浮かびますが。車いすで、となると思い浮かびません。悔しがっているわけでも、悲しいのでもありません。もちろん、空想の中で生きる気もないし、今の状態で、この体で自己実現できれば十分満足です。更に言えば、次の人生が、もし車いすであったとしても楽しむ自信はあります。

 ふと思うと、もし今、不自由なく歩けたら気持ちは解放されるだろうな、と思います。車いすの経験があっての話です。日本のUDは進んでいますし、障害者雇用や趣味やスポーツやら、あらゆる面で以前より格段に向上しています。動物ならば生き延びられないところ、人間には優しさがあり、共存意識や高い知脳によって多様な人間が生きていられます。しかも日本に生まれたという幸運を思うと、有難い気持ちでいっぱいです。その上で言うのですが、マイノリティー(車いす)は、何をするにしても、何を選ぶにしても常に少しずつ我慢をしています。

例えば、地下鉄に乗る。どの出入り口からでも対応できるわけではなく、たいてい探しだして遠いところにある出入り口のみ対応されていることが多い。もちろん、無いよりは遥かにいいです。美術館の展示は立った位置での高さで掛かっています。斜め下からはガラスが光って見にくい。洋服を選ぶこと他、あらゆる事のすべてにおいて、少しずつ我慢をして生きています。不平を言っていると思われると、それは誤解です。この状況で幸せを享受しています。

世の中はマジョリテイーを標準に作られていることは当然です。もしマイノリティーを標準にしていたら、大多数の人が不便を感じるわけで、ありえない世界です。車いすに限らず、規格外(失礼!)の人たちは工夫したり諦めたりしながら生きています。起きてから寝るまでの毎日が何の躊躇いもない日々が続くならば、自分の気持ちの抑圧から放たれた私は、「もの凄く解放感があるのだろうなぁ」と想像するわけです。そうなったら、それが普通で有難みも忘れるのかもしれませんが、正直、その解放感を味わってみたいなと思うことがあります。夏の疲れかしら・・・・。

 

                                                                ~雑談~

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昨日、HCR(国際福祉機器展)に行ってきました。ここでは数年ぶり、数十年ぶりに会う人との会話も楽しみです。チェアスキー選手で憧れの人、青森の四戸さんに遇いました。実に30年以上逢っていませんでした。70を越えている四戸さんは現役で働いているのみならず、チェアスキーでも現役選手です。チェアスキーを一緒にした30年以上前のこと。スキー場のリフトを降りた山頂でのことです。アウトリガーを無くした選手に四戸さんは自分のものを譲ってあげて、一般の人のストックで滑って降りたことがありました。どんな場面でも、どうにかしてしまう凄い技術の持ち主。昨日、話していたら、ハンドサイクルのレースに出ていると言う。やっている人が少ないので一般の人のレースに参加しているとのこと。ネットで参加登録した際に、「車いすプラス年齢」で拒否されたそうで、直談判して参加したそうです。全く四戸さんを知らない人は、おじいさんが車いすで一般の人のロードレースに出たら危ないだろう、何を血迷って言い出したんだ!と思うのもわかります。しかし、筋骨隆々で、スタイリッシュなレース車で現れたら、「あらっ!びっくり」でしょう。眼鏡とヘルメットをしていたら30代に見えるかも。その上めちゃめちゃ速い。2度目からは、問題なく参加できているそうです。そうやって道を切り拓いてくれるのですね。

 

                                                   

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