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2019年12月2日更新

雑草魂

 


顔右余白

 

沖縄に住む平田かおりさんから自叙伝が送られてきた。事故で頚髄を損傷し、現在車いす生活を送られている。障害を持った人の手記の多くは、失意の中で自分を鼓舞して未来を切り拓くサクセスストーリーが一般的だが、彼女は似て非なり。自分の障害を克服する以外にも困難が二重三重に降りかかり、それらを乗り越えるとまた困難がやってくる。

DV,レイプ、妊娠中の事故、障害者スナックのママとして成功したが、その後も・・・・。

辛い出来事を読むとき、私たちは自分だったらどうだろうと置き換えたり、苦しみに共感するものだが、そんな生易しいものではなく、遠い次元の怖い話を聞かされているようだ。これを実体験している。しかも、もがきながらも前向きに。

その彼女の逞しさがタイトルの「雑草魂」だ。

 脊損者の自殺は一般のそれより7倍と言われている。それだけ障害を受け入れることは簡単ではないのだ。人は普通、障害を持ったこと一つだけでは自死しない。障害に伴う合併症のコントロールという体の面、また仕事、金銭、家族、人間関係も同時に問題が噴出することが多い。自分の手に負えなくてアップアップする。

 昔よりバリアフリーは進み、ハード、ソフト両面からの支援の後押しがあり、前向きに社会参加できる人が増えた。とても有難いことだ。今や元気な車いすユーザーは大勢いる。そういう人が目立つので、苦しみの渦中で障害を受け入れがたい人の存在は気がつきにくい。いや、強くあることを世間の人は期待する。その要求される圧力を当事者は肌で感じるのだ。でも模範的にはいかない現実がある。

 後から障害を持つ人が少しでも楽な気持ちになる、生きる希望を持つためにできることは何か?を私はよく模索する。これは、先に障害をもった人たちの役割でもあるのではないかと思う。私が先人に助けられたように。

平田さんの本は、「よくぞ困難まみれの中、気持ちも歪まずに常に前向きでいられたことか」を知るものだ。これは特に障害を持った人には希望になるだろう。

 

 

 

                                                             

“12月のおしゃべり’も更新しました。”

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