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2019年8月1日更新

「美しい舞台に魅了する」

~車いすでGO!~

 


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バレエ「アラジン」を見に行った。ストーリーや曲を知らなくとも、グイグイ引き込まれるのは演出の面白さとダンサーのレベルの高さだろう。装置や衣装も素晴らしく、しばし夢の中にいて、時空を越えた。曲がなじみやすい。この人があの映画の作曲家?と勘違い。プロコフィエフやプッチーニもチラホラと垣間見えた。失礼!

プリンセスの小野絢子さんの美しさと力強さは秀逸で、他のダンサーのレベルも高く、皆スタイルがいい。今や、日本人を侮るなかれ。満席の劇場には車いすユーザーも最低4人はいたと思う。バレエのファンは女性が多い中、車いすで男性!を見かけたことに、時代の流れを感じた。昔、私が車いす生活になって数年後、友人にバレエを見に行く話しをすると、不思議そうにされたことを思いだした。

何が不思議なのかの理由が分からなかった。その人が言うには、バレエは足を使っての究極のビジュアルなので、その対極にいるあなたは、それを見て悲しみを覚えるだろうというのだ。そんなものは避けて通るのが普通という事らしい。彼女は「私なら、辛くて見られないし、そんなところには行かない」と言う。羨ましいとか悔しいと思うものなのだろうか・・・・。

私は彼女の障害者に対する意識、心理を知り、衝撃と共に、世の中の大半の人も同じ考えなのか?と悩み、また人生を諦めかけた。そのうち、自分に自信を持てなくなっていった。そう、こうなった以上、健常の時と違う考えで生きなければいけないのだと。私の周りに彼女のような人が、あと数人いたら、それが世の中の常識だと思ってしまっただろう。葛藤しつつ、私を励まし勇気づけてくれる別の考えの人達に触れ、後に、正常な判断ができるようになった。たった歩けないという事実だけで、歩けた昨日と歩けなくなった翌日から考えや志向、行動を変えないといけないなどと、誰が決めるのか。私が別の人間に変わったわけではない。昨日と同じ私、形態が変わっただけ。

ふつう劇場に来ているお客様は、ダンサーを見て羨ましいとか悔しいとか悲しいと思わないはず。ただその美しさに魅了される、楽しんでいるのだ。私も同じだ。

そんなことを言えば、サッカーを見ては悲しみ、体操を見ては悲しまないといけない、終いには外で歩いている人のすべてが羨ましく思うことになる。

前述の彼女のように、劣等感の確認作業をさせるかの言動を投げる人は、たまにいる。

どうするか?離れろ!逃げろ!・・・そのくらい、笑って済ませる強さがあればいいが。

他人はこれで済む。困ったことに、こういう考えをする人が肉親である場合だ。え?いるの?障害者の足を引っ張る肉親が?と思われるだろうが、案外いるのだ。悪意なく、自分の思いをぶつける人が。

障害を持った本人と共にドロップアウトしてしまう親など。よく聞く話しでは、「障害者になって最初の障害は親だ」と。親自身が立ち直れなくて障害を持った直後のままで時間が止まっていることがある。奮起して成長しようという子供に「待った!」をかける親だ。「遠慮して生きなきゃ」「恥ずかしいから出ない方がいい」「こんな体になったのだから(←諦めて生きる方がいい)」などと言う。実際には、こんなに分かりやすく無く、態度や言い回しに出る。実は親自身の気持ちなのだ。愛情というベールに包まれているので当事者も分かりにくい。また親だけに無下には出来ない。その親を説得しつつ親の気持ちも引き揚げて、更に自分も飛躍するには、大きな勇気とエネルギーが必要だ。

私の母がそうだった。幸いにも離れていたので直接、制限されることはなかったが、後ろ向きのことばかり言って出鼻を挫く。「当事者が、がんばろうとしているのに何故?応援してくれないの?理解してくれないのか」と恨みに思った時期もあったが、ずいぶん遅ればせながら、母も沼から脱却した。

五体満足のはずの娘が何故?受け入れがたい、また無念に思う親の気持ち、いつまでも立ち直れない母の思いを、今の私は少し理解できるようになった。

すでにそんなことに一喜一憂しない、弱い自分はすでにいないが、世の中の常識というのも、時代によって変わる。今、非常識と思うことも、昔はごく普通の考えだったということもおおいにある。障害者に対する認識しかり。それが生き易さ,生きずらさに影響する。人の気持ちを変えることなど簡単にはできない。同じ私が違う国に行けば、女性、障害者ということで小さくなっていて当たり前という考えの地域だってある。年齢や人種によっても価値が違うなどと言いだす国だってあるし、それがそこでの常識だ。今の日本では、足の不自由な人間がバレエを見ても大多数は驚かなくなった。それを驚く人がいたら、一笑に付す人も増えた。その常識を動かすのも大多数の世論だ。世論を動かすのは政治や教育、またマスコミやネットの情報もある。

怪我をした30年前より今の方が樂に生きられるようになった、とつくづく思う。障害者を取り巻く環境は想像以上に早いスピードで良くなってきているのも、東京だからだろう。

東京2020も追い風だ。地域差はあるが確実に良くなっていると思う。それを享受できる自分を幸せに思う。

 

 

               

                                                             

“8月のおしゃべり’も更新しました。”

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