~ 前回のエッセイ ~


~癒やしろ地~


 

 

この言葉は、今は亡き船井幸雄さんが、よくおっしゃっていました。不思議とそこにいると気持ちが安らぐところ。逆にどんな素晴らしい景色の、一見落ち着いて見える地でも、自分にとって、どこかザワつく感じが有ったら、無理をして留まらない、さっさと引き上げたほうがいいと仰っていた。休みを取ってどこか温泉に出かけることや自分にとっての癒やしろ地を探すイメージがあるが、私はむしろ日常において、ホッとする場所を自宅以外で持っていることが幸いと思う。人によっては、必ずしも静かで自然豊かな場所が落ち着くとは限らない。人が多い雑踏に身を置くと気が紛れる時もあるだろう。パチンコやの喧噪の中にいれば、その日の嫌な言葉や懸案な事も忘れて打つことだけに集中できる、時間の観念すら忘れるという人もいるだろう。

いずれにしても、自分にあった身近な癒やしろ地を見つけたいものだ。私は自宅から2キロ弱の場所に車椅子で週に一度通っている。住宅街で車もほとんど通らない。

どこの地方にでもある、似たような住宅地だ。家の主と顔を合わせることも無いが、確かに息づいている気配を感じる。この道を通る時にほっとするのだ。冬は冷たい風で耳が痛く、肩や首を力んでしまうが、日差しが射す場所を通ると太陽の照りは暖房機とは違う快さが包んでくれる喜びを全身で感じる。同じ時刻に、いつもデイサービスのバンと行き交う。いつの頃からか運転手さんが片手を上げてくれるようになった。

あなたの癒やしろ地を持ちませんか。手っ取り早く見つけられるのは神社かな。そのものに神が宿っている、たいてい大きな木がある。留まっていても怪しまれない!無駄に思える時間をわざわざ作ることは無駄では無いと思う。

 

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