~ 前回のエッセイ ~


~淡々と自分と向き合う


  射撃の練習に行きました。緊急事態宣言中、その前からクローズが多く、練習はわずかしかしていません。射撃場は通常、弾の発射音以外の音は無く、ちょっとした音にも動揺するので、耳栓をしています。正に空気が止まった状態であるところの空気をどうするのだろう?と心配していました。ドアを定期的に開けて、大きな扇風機を付け、羽は部屋から外に向け、中の淀み?を排出しています。廊下を走る足音や大きな笑い声が聞こえますが、そんなことくらいで動揺していてどうする!くらいの度量を持つ方がいい。元々は武器だったのですから。

私の師匠は、「隣で人が倒れていても、全く意に関せず、淡々と撃てる人でないと強くなれない」と言っていました。

最近はハンドライフルを撃っています。射撃というのは、日常ではしない動きをします。例えると、手に持ったバッグを、肘を曲げずに真横に伸ばす。そして微動だにせず、そのまま保持する。普通そんなことをする人はいません。まるで罰ゲームのようです。腕がプルプル震えてきます。射場で的があるからこそ出来るのであって、白い壁を見て、ずっと腕を上げていろ、と言われたら出来ないでしょう。長く構えていると、腕が耐え切れなくなります。その上、息を詰めているので、サッサと撃つほうがいいのです。大体、照準に入ってから5秒以内が良いと言われていますが、案外弾けない人の方が多いです。弾けないなら再度やり直すべきところ、腕が震え始めてからも撃ってしまいたいという衝動にかられます。それで良い結果は滅多にないのに。射撃はその人の性格が出ます。自分ですら気づいていなかった自分を知ることもあります。

観ていて楽しいスポーツではありません。弾道が見えないし、射手は全く動かないので、観客受けしません。動かない背中や、そっと引く人差し指のタイミング、銃を下して、再び構えて撃つというルーティンを、ただただ眺めているだけなのに、その人の気性が見えてきます。撃つ前の弾の成績すら予想できます。

他のスポーツも共通して言われていることは、試合会場に入った時点で試合は始まっているということ。緊張しろ、ということではなく、むしろアクシデントがあっても立て直すことが出来るのだという強い気持ちでいることが大事です。会場も自分も俯瞰して見られるくらい大きな心で。そのくらいの余裕があればいいのですが。分かっていても試合は緊張します。最初の一発目が、一番 引き金を弾けない、次は最後の一発が弾けない。同じ40発(60発)が同じではないのです。すべてメンタルの問題です。

 

 

 

 

 

 

 

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