~ 前回のエッセイ ~


~ご機嫌に生きる


つい嫌な出来事があると悲観的になりがちだ。テレビでも悪いニュースはよく流れている。

楽しいものより暗いニュースの方が視聴率を取れるらしい。人間の本能は危険なものに反応するよう出来ているからだ。嫌だなと思いつつ脳は欲する。

だから意識的に陽気に持って行かないと陰鬱に流され易く、しかも癖づく。

 長年、穏やかに生きることを身につけたいと思っていた。もがきにもがき、少し近づいてきたが、

ちょっと油断すると自分の弱い邪気が入る。

 人生の目標は、何かを達成して手に入れるもの、というより、自分がどうあるべきかの方が重要だ。

私にとってのそれは「いつも機嫌のいい状態が続いている」こと。

これは簡単ではない。脳の特性しかり。

悲観的にはいつでもなれるが、楽観的でいるには意志が必要だ。しかもずっと続けることは、尚更難しい。

究極の目標と言えるかもしれない。もちろん、つらいことや悲しいこと、悔しいことを我慢しては乗り越えられない。

忍耐で抑え込むものでもない。そういう時は、自己憐憫に浸るのではなく、建設的に十分 もがき尽くして、それでも自分の中で消化しきれなかったとしても、それらもひっくるめて「機嫌の良い状態」でいるように仕向ける。

誰かと一緒の時だけでなく、独りでいる時もご機嫌でいたいものだ。理想だとか、達観しないとできない、などと言われるかもしれない。最低限、自分で作る荒波に飲まれることだけは避けたい、破壊的だ。

 逆の人は結構いる。いつも不機嫌な人。こういう人とは会っているいっぱい気を遣ってヘトヘトになる。

私に何か落ち度があったのだろうか?と自分を責める。これが相手の意図することなのだが。気を遣えという要求の印が不機嫌な顔だ。甘えている。誰でもご機嫌でいたいが、自分で努力せずに、誰かに持ち上げてほしい、私のご機嫌を取って!と、不機嫌さをぶつけてくるのだ。こういう人の「満たされ無さ感」は常に拭えず、幸せとは言えない。周囲は嵐に巻き込まれるようなものだ。

いつもご機嫌でいるということは強い心が必要で、環境整備をすることや、色々と心がけないといけないことがある。

でも、その状態は、金や地位を獲得するよりも、はるかに人生を楽しくしてくれる、とても価値のあるものだ。

私なりのやり方を、また紹介しよう。

 

 

 

 

 

 

 

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