~ 前回のエッセイ ~


「車いすで大人の散歩。」


 

東京の暮らしも40年近くになる。よく行く場所でもピンポイントでしかないので、その町を本当に知っているとは言えない。その上、東京は広い。今だに、足を踏み入れたことのないエリアも多々ある。車椅子生活になってから、大半は車で移動していた。駐車した場所から車椅子を漕ぐとなると、歩く人より行動半径は小さくなる。歩いている人ならば、さらに周辺の500メートル、1キロくらいは見て回ることもあるだろうし、駅から来たならば当然、道中を見るだろう。車椅子だとつい距離をこぐことをためらってしまう。それは外の路面は片流れ(排水の関係で道が傾いている。)していることも関係ある。

道の真ん中(かまぼこ型になっている、まん中。)を通るのがもっとも平らで楽だが、真ん中を陣取るわけにはいかないので、端に沿って進む。ますます片流れは急になる。歩いている人が車椅子ユーザーを見ると、一見、まっすぐ進んでいるように見えるが、実は流される車輪の片方を引き上げる力は、見た目以上にキツくて、平らな道をこぐよりも何倍もの力が要る。特に三角筋が痛い。その反面、ビルの床や地下街は路面がなめらかな上、ほぼ平らだ。むしろ歩く人より早いので、いつも驚かれる。歩いている人に合わせて減速するくらいだ。長年、車の運転が私の足だった。仕事以外では電車に乗ることも少なかった。いつの頃からか、東京は車椅子ユーザーにとって、電車やバスは樂に乗れるようになっていた。だから最近は、簡易電動車椅子を使って、大人の遠足を楽しんでいる。先日、友人と上野で待ち合わせて、根津神社までの約2キロを散歩した。つつじのピークが過ぎ、夏の日差しが手の甲をジリジリと焼きつける。古い町の路面は狭くてデコボコやアップダウンが有り、これが手動の車椅子だったら、漕ぐのはかなり疲れるだろう。とても周りの景色を楽しむ余裕など無い。根津神社辺りは、いわゆる下町と言われるところだ。人なつこく親切な人に出会った。ひとこと尋ねると2つも3つも返答された。外国人が住みたいナンバーワンというのも頷ける。小さな商店の奥で作っている佃煮を試食し、食べ方を聞いたり。路地の奥で、人通りも無いのに鞄を並べて売っているお店があった。こんな誰も来ないだろう場所で・・・。実はそこは製作所で、本来の目的は売ることではなく作ることだったと解り納得した。この辺りは、こういう家内工業的なお店が多い。かばん屋さんで連れがストラップだけを売ってくれるか、を尋ねたら、無料で分けてくれた。しもた屋も多いが、シャッター通りと言うより、確かに呼吸している躍動感があった。町自体が整然としていない、むしろ雑多な感じが妙に落ち着く。昭和のままだ。どこか大阪に似ている。さて、お茶を飲もうかと喫茶店を探したが、古い個人商店の入り口には段があって、結局入れなかった。

コンビニでコーヒーを買い、忍ばずの池のほとりのベンチに落ち着いた。蓮の池はそろそろ大輪の花を咲かせている頃だろう。東京は広い。知らない町をもっと自分の目で見たい。

 

▲ ページの上に戻る