~ 前回のエッセイ ~


「蘇った鞄」


 

 25年ほど前のこと。今ほど、外で車いすユーザーに出会うことも少なかった、そんな頃のこと。私の思いを具現化した鞄ができあがった。車いすの背もたれにかけるものだ。

その提案者は井口由紀子さん。井口さんは健常者ながらハンディキャップユーザーに熱い思いを寄せていた。UDの言葉の無い時からその精神はすでに彼女の中にはあった気がする。さらにおしゃれなものを身につけて欲しい、人生の幅を広げてほしい、との思いを感じた。今では当たり前の自己実現意欲も、その頃は遠慮がちだった。まるで欲を持つことが不遜であるかのような、一歩退いた気持ちをもっていた。こんな感情は今だと卑屈というのだろうが、そんな空気があった。その中で、背中を押してくれる人達が私の周りには現れた。その一人が井口さんだ。

車いす(そのもの)もすこしずつおしゃれになっていく中、その関連商品は出遅れていた。バリエーションの少なさは今でも変わらない。その一つが車いすに合う鞄だった。少しあらたまった場所に出かけるときに身につける鞄。大人の女性のイメージのものが欲しい、と私は思っていた。車いす用としてスポーティーなキャンバス地のディバックはすでにあった。デイバッグなど、いくらでも有るのではないか、と思われるが、通常のものを車いすに下がると、ストラップが垂れて、ずり落ちている感がある、これがどうにも好きではなかった。

井口さんとアレコレ企画会議!を繰り返し、彼女が浅草の皮の職人さんに、試作品をお願いした。車いすで使う上での機能面、手に障害のある人でも開閉し易いように丸い金具、そこに指を入れて引っ張る。他にも多くの工夫がある。内側は光沢のあるペーズリー柄で裏地を付けた。表は質の良い皮を使用した。

試作品をしばらく使用した後に、さらに改良して完成品が出来上がった。それがこのバッグ。名前が「美」だ。

今、身につけても素敵なデザインだと思うが、車いすユーザーの鞄としては、時期尚早だったのか、元々商圏が狭い?販路の問題か、残念ながら多くは出なかった。健常者も兼用とは謳っていたが。

私はこれを、講演や旅行、そして射撃の遠征時にも使っていた。この5年は表面の劣化が激しくて使っていなかった。最近の私は潔く物を捨てるようにしているが、このバッグは捨てることができなかった。ひょんな事に、リフォームスタジオ (お直しの)マジックミシンの方々とご縁があった。その際に、この鞄をお見せした。さすがに経年劣化は否めないながらも、「きれいに出来るかもしれない」と半信半疑だが、お直しを引き受けてくださった。楽しみに待つ中、3週間後。届いた鞄は、驚くほど美しく蘇っていた。皮専門のリフォームをする人がいるのだ。素晴らしい職人気質の技を見せてもらった気がした。細かなところまで丁寧に仕上げるには、かなり根気のいる作業だったろう。できあがりのイメージを描きつつ、気の遠くなる作業を粛々と熟していく様を想像した。

4半世紀を、この鞄「美」が私に快適な外出を助けてくれたが、近くおさらばするのだろうと思っていた。自分が気に入ったものを身につけているときは、気分も上々だ。蘇ったこのお気に入りの鞄が、さらに20年は私と共に出かけることになるとは・・・。つまり、人生の大半で、この鞄が私と共に動くことになるのだ。それは予想もしなかったこと。自分の持ち物で、これほど長く愛用するものなど ほとんど無い

今年の始めに、「これからは丁寧に生きるのだ」と誓った。それを物が私に気づかせてくれることもあったのだ。

 

▲ ページの上に戻る