~ 前回のエッセイ ~


~笑顔という仮面


笑顔で明るく、日々に感謝しながら生きる。その心がけは周囲に爽やかな気分にする。

周りも明るくなるし軋轢が減る、不機嫌な顔よりは、よい循環に生きられるのも事実。

笑顔と幸福には因果関係もあるだろうし、そうした心がけをしている人はとても魅力的だ。

しかし笑顔はあくまでも幸福の結果であって、その原因ではないと思う。

笑顔や感謝が幸せを作り出すことも一理あるが、十分条件であっても必要条件ではないと思う。

私は怪我をしてから作り笑いをすることを心がけてきた。モデルを生業にしていたから、

目や口も含めて顔全体で笑顔を表現できるので作り笑いとは気づかないだろう。それは周囲と円滑に過ごせる処世術であり、本心を見抜かれなくない障害を持ったものの諦観でもあった。

笑顔は武装だ。多かれ少なかれ人は似たようなことをしている。本心をそのまま出す人は稀だが、喜怒哀楽を抑えるのは健康に良くないとも思う。自分の中の整合性が取れなくなる。

何年もやっているといい加減に心が疲れてくる。本心をいつまでも見つめないでいることの自分の中でのせめぎあいだ。世の中がバリアフリーからUDと言われ始めて、マイノリティーに光が当たり、恐る恐るしていた発言を堂々としても生意気だと言われなくなってきた。世の中の変化とともに、自分を武装していたものを剥がしていったら、どんどん楽になってきた。

笑い顔だけは癖になってしまったが、それはただそれだけのこと。

 

 

 

 

▲ ページの上に戻る