5月のおしゃべり

5月 

 

「稀有!で素敵な女性ロミさん。」


今回は素敵な女性のご紹介をします。

今月もおしゃべりの相手は、中野佐世子さんです。

 

教育ビデオをご紹介します。

~合理的配慮と職場のコミュニケーション~ 心のバリアフリーをめざして
(株)自己啓発協会 http://www.e-head.jp/
これは、「働く障害者に必要な配慮とは?職場でお互いがいい距離感でコミュニケーションを築くには?」を考えるきっかけになるような教材です。

 友人ロミさん(中野裕弓さん)の話しをしましょう。とても魅力的な女性です。自分に降りかかった出来事は、すべて必然で無駄なものは何一つ無いと言う。一般的に不幸だと思われる災難ですら好転的に考えている。実際4年前に脳出血になり、右半身にマヒが残っていて、杖や車いすを使う生活をされているが、それが自分にとっては良かったことだ!と本気で思っている。私はそんな域には達していないし、生涯達しないだろうと思う。わたしは車いすの自分を不幸とは思っていない。一般的に想像される車いすへのイメージより遥かに楽しい日々を過ごしていることを実感しているが、それでも何でも無い体より車いすのほうで良かったと思ったことは無いわね。

 

 

人と比べないとか自分の前の生活と比べないということは大事だけれど、こちら(車いす生活)の方が良かったと言う人は稀なように思います。

この方の性格プラス確固たる信念というものに因るのかしら?

 

 

はい、それはおおいにあります。自分に起こる出来事はすべて良いことしかないと常におっしゃる。それは、病気の前も後も変わらず、です。一見不幸に思われる出来事にも意味があるという。伝える立場にある彼女にとっての視野が広がった、気づきが沢山あったようです。

 

 

 

気づきがあったのは、ひとみさんも同じでしょう。障害を持たない人にだって、それぞれの人生の中で気づきはありますよね。

私も4年前に乳ガンになり、ガン患者のネットワークの中で多くのことを学びました。病の中にある人のメンタルや子どもへどう伝えるか、と言う悩み、そしてその人たちを支えてくれる医療ソーシャルワーカーの存在を知り、共に語り合い、それらは本当に大切な経験となりました。ですから、私も「人生の中で起きる出来事はすべてに意味がある」と思っています。しかし、私は「キャンサーギフト、ガンになって良かった」と、まだ心からは言えません。

そうしたことを考えた時、この方の年齢とそれまでの経験値も関係しているのかもしれないと思いました。つまり、健常者の頃に十分な気づきや経験をされてきた。障害をもった後に、それまで知らなかった世界を見た、新たな驚きが、むしろ新鮮であったというようなことかしら。

その方の伝えるお仕事とは何ですか。

 

 

 

キャリアカウンセラーです。今はいくつかの会社のコンサルタントやFM大阪で話すことや時折講演をなさっています。以前、外資系金融機関にいた頃、瞑想をするようになり、体の不調やいろんな不満も消えていった、アレコレ悩まなくなった。そしてガムシャラに頑張ることなく、すべてが良い方向に流れて行ったという。その後、ヘッドハンティングされて、日本人初の世界銀行本部の人事マネージャーをされていました。今は独立されています。

 

 

瞑想でそこまで変わるのかしら?

 

 

 

私も、それを手に入れたいと瞑想を始めました、座禅と同じね。始めは落ち着いて目を瞑っていられない。すぐに用を思い出したりする。でも1週間2週間と続けていると、ロミさんの言う一片は分かるようになったわ。呼吸が整ってくる、落ち着く。悩んでいることを客観的に考えられるというか、俯瞰して見られるイメージね。

瞑想の先生から「石の上にも3か月」と言われながら、実は続いていないのですが・・・。

 

 

私が時々参加しているヨガも共通するかしら?

 

 

 

ヨガをするのは瞑想に入るためだ、と聞いたことがあります。車いすだと難しいですが、瞑想なら出来ます。私の場合はなかなか続かないのですが。

ロミさんが昔、面白いことを言いました。「やらないことは反省、やることは自画自賛!」ロミさん曰く、反省というのは、停滞ではなく、ただうまくいかなかったことを洗いだし次につなげること。本来、クリエイティブな作業で、反省が済めば、はい次!と切り替えればいいはずなのに、いつまでもクヨクヨ悩むばかりの堂々巡りをする人が多い。ニコニコ笑って、さぁ!なにを食べようか、などと言おうものなら「あの人は反省していない」と受け取られる。

 

 

反省している態度を見せることで禊をするような、かしら。やるべき反省を済ませたら、それ以外のことに心を奪われないということね。

深読みしたり、無駄に悩まないということが大事。本来反省は人に対して見せるのが目的ではなく、自身の中で十分するべきものであって、済ませれば早く立ち直ったほうがいいのよね。出来るなら・・・。

ロミさんは、さっぱりした聡明な方のようね。今も、そのスタンスは変わらないのですか。

 

 

はい、そうです。ちょっと意外だな、とおもった出来事があり質問したことがありました。病気をされてから2年過ぎた頃です。在宅でリハビリをされていますが、それが生活のかなりの時間を占めていました。私には、それが苦痛そうに聞こえました。「これはずっと続けなければならない大事なことで、頑張らないといけないわ」と言うのです。私は彼女らしくないな、と思いました。「ロミさん、一生リハビリをするのですか?リハビリが趣味ですか?」と尋ねたのです。その言葉に心底驚いたと言っていました。

 

 

ちょっと分かりにくいのですが、リハビリをすることは悪くないでしょ?

大事なことですよね?

 

 

障害が固定する時期までは全力でリハビリをするべきです。その後は、それが落ちないように継続的にすることも大事です。でも目的は充実した日々を送ることです。自分のゴールというものがあります。元の体に戻ることでも有りません。目標を元の体に戻ると設定すると苦しいです。リハビリは、そのため(充実した人生のため)の手段であって目的ではない。

でもリハビリが趣味なら別です。楽しいのだから一生やっていてもいいと思います。だから、嫌味ではなく尋ねたのです。

 

 

 

得てして日本では苦しいことを「美化」する傾向にある気がします。私が子どものころは根性ドラマやマンガが最盛期でした。今でしたらパワハラやDVと言われかねないような内容でしたね。

話を戻して、医療関係者や自分の身内に「がんばり続けること」を期待されると、サポートを受ける側は「出来ない」とは言えなくなる。「出来ないことは怠け者」のような気がしてきてしまう。それが正しいのか、そうで無いのかの判断もつかなくなってきますね。

自分の人生を生きているのか、他人の人生を生きているのか分からなくなります。

それに頑張り続けると、いつか破綻しますね。それは結果的に能率の悪いやり方かもしれません。楽しくやらないと伸びないということね。

 

 

 

そうですね。やっていること(リハビリ)は同じかもしれませんが、目的を明確にすることは大事です。人生は有限だから無駄には出来ないのです。その後、本来のロミさんを取り戻したようです。杖と電動車いすを併用して使うようになり、行動範囲を広げて介助者無しでもどんどん出かけています。

以前は、たとえ杖を使ったとしても歩けるのだから、頑張って、さらに歩けるようにならないといけないと思っていたようです。でも長くは歩けないし、不安定なので必ず人と一緒でした。これだとウインドウショッピングも楽しめないわね。

ずっと続けていると、もう外に出かける気力も無くなるのよね。

普通に歩ける人が30分歩いて着ける場所に行く時、自転車に乗っても誰からも非難されない。「ダメよ、足を鍛えないと筋肉が萎えちゃうわよ」とは決して言われない。

誰だって便利に暮らしたいのです。ところが、障害者の世界では、今だに、スポ根ドラマが生きているところが有ります。

これ、「残酷な善意」だなと思いますが、言い過ぎかしら?

肢体不自由者はアクセス障害です。一般の人以上に不便です。リハビリはリハビリで時間を区切って頑張り、日常はいろんな便利なもの、電動車いすやその他にもありますが。それらを使い分けて疲れすぎないようにすることが大事です。疲れ切ると何もできませんから。道具を使って便利に暮らし、余力で、自己実現するのよ。

 先日久しぶりにお会いしたら、体が前より動くようになっていて、お顔がイキイキされていました。地方への仕事やお友達とインドにアーユルヴェーダ体験に出かけたとおっしゃっていたわ。以前にも増して話しは素晴らしくて開眼しました。ロミさんには彼女が大好きというファンが多くて、セミナーや講演をすると満員になります。それらを通して体調不安も徐々に減ってきたようです。それが冒頭の障害をもって良かったと言う言葉ね。困難の中で見えてくる学びも楽しんでしまうということかしら。車いすから見える世界、不自由な中で工夫しながら自由を手に入れること、人との縁が出来ること、遠のくことですら、すべてがロミさんにとっては必然で良いことのようです。

 

 

 

どんな方なのかお会いしてお話しを伺いたい思いになってきました。生きていると自分と違う世界の人と出会うことも楽しみですね。

ロミさんとの出逢いはひとみさんにとっても大きな研鑽になりますね。

 

 

稀有!で素敵な方ですよ。私は自分を顧みて、こうなって良かったとまではいかないわね。生まれ変わって、もう一度車いすの生活でも楽しめる自信はあるけれど、それでも車いすでない生活のほうがいいわ。不幸ではないけれど不便だし、障害のある体はキツイですからね。今後、UDやITが進んで便利になるでしょうから、その気持ちは変わるかしら・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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