5月のおしゃべり~陽気、勇気、奮起?

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奈良県天川村は美しい地です。そこに住むお友達まさぶんちゃん(森田正文さん)
写真は、まさぶんちゃんがお撮りになった天川村の春!です。
 

先日講演終了後の質問で、「パラリンピックを目指さない障害者は、どういう気持ちで生きていくべきか」という質問を受けました。そのときは、うまく応えていなかったので、その後、このことを考えていました。今回もお話相手は中野佐世子さんです。

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そもそも、その質問じたいにちょっと違和感を覚えるわ。一般の人に「オリンピックを目指さない人生を、どうやって生きるの?」とは言わないし、そういう発想も出てこないわよね。

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そういうことなのよ。でもね、その人の言うことも分かるの。障害を持つと、パラリンピックに出ている人を指して「あなたも頑張って出たら?」とよく言われるって、障害を持つ友人が教えてくれたわ。

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それって、80歳超えても、水泳やったり、陸上やったり、山登りする人、100歳超えても仕事を持ってバリバリ生きている人を見て、「さぁ、おばあちゃんも、頑張って」と励ます。言われた高齢者の気持ちが負担になるというのに似ているわね。

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そう、こちらは、おばあちゃんがその元気のお裾分けをもらって、もっと奮起してね、という気持ちなのだけれど、当人は、良い気持ちをもたないみたい。「私は、そういう超人ではないのよ」という言葉を聞いて、ハっとしたわ。知らず知らずのうちに相手にプレッシャーをかけていたのよね。「私だって精一杯頑張っているのよ、まるで、怠け者と言われているみたい」な、重圧を感じさせていたということに気づいたわ。

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無意識に不快にさせていたのよね。何か目に見えて成果が上がっているものを人は賞賛するのよね。これ自体が短絡的な気がするわ。目には見えなくて良い面があっても、それは評価されにくい。

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そもそも人を成果で評価すると言う事自体がどうかな、と思っちゃうわ。私自身が、それに踊って、何か形に見えるもの、わかりやすいものを示さないと、という気持ちでいたわね。もちろん、そうやって動いて結果を出すことで、自分に自信をつけたという副産物もあったけれど。何か本末転倒な気がする。自分のための人生なのかな、とね。

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もっとも、やりたいことと幸せが一致すればいい。しかし、何をもって幸せか?ということもありますが。人は社会的地位やメダルと言ったわかりやすい裏付けがあると安心するのよね。注目されたり尊敬されると嬉しいのは、自分の自信のなさと表裏一体なのかも。でも、実は、その人そのものの評価ではなく、表に貼り付けているものの評価だったりすることもあるし。いえいえ、並大抵ではできない偉業を遂げる、その人の努力への称賛、内面の強さへの憧れや尊敬とも言えますが・・・。偉業を遂げた人が人格的にも素晴らしければなおいいのですが、必ずしも、そうではない。

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人格的に破たんしていても、偉業は尊敬に値するとは思うわね。でも、身内だと困るけれど。つまり、身近のおばあちゃんは大多数から称賛されなくても、(人格的にいい人)優しいうちのおばあちゃんとして身内から存在価値を認められればいい。あっ、人格者でなくてもいいわ!そこに、壮大な目標設定や多大な努力を押し付けちゃいけないってことか。昔からおもっていたことがあるのよ。それは宮沢賢治の言葉ね。こんな強い人が世の中にいるのだろうか、と。「雨にも負けず・・・・・みんなに、でくのぼーと呼ばれ褒められもせず、苦にもされず、そういうものにわたしはなりたい。」正に、肩書が欲しい、の逆ね。誰からも注目されない存在に、敢えてそういう人になりたいという。これぞ、強い人間性だと思うが、ここまでの覚悟が私にはないわ。いろんな勲章を体にベタベタ貼り付けていると安心というタイプだわ。でもようやく、自分の幸せは何かがおぼろげながら見えてきたわ、自分が本当に望む人生をしっかり生きたい、という気持ちでいるのよ。

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ひとみさんは自分の美しさを十分に生かして「外見重視の王道」(ミス・インターナショナルのことです。)を歩いていたわけだから、若い時の生き方は宮沢賢治の言葉とは真逆だったかもしれないわね。その点あなたの夫君は、人とも群れず、肩書きも気にしない、我が道を堂々と進んでいくと言う強い人よね。それも自分に自信があるからかしら。

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ヤツは、人からの評価を気にするより、やりたいことを我慢しないという意味では、強いのか?それとも自己チュウとも言えますが、私ですら、置いてきぼりの気持ちにされる時があるわ。裏付けがあっても躊躇なく手放すわね。人に動じない?こういう人を数人知っています。共通しているのが、大人らしい!親に大事に育てられた人特有の強さかも、と思うわ。みな、飄々としているわね。私もそういうものを手に入れたくて、もがいたわ。

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人からの評価を手放す勇気ね。手放すと大事なものが見えてくるかも。でも、怖くて出来ない。なぜ怖いのか?自分の心の奥を知ることが怖いのかな。でも、自分のコアな部分を見つめる作業をすることはいいことかもしれません。避けて過ごしたいことを敢えてする、ということ。それが怖くて人は忙しく生きているのかしら。

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忙しさにかまけていないで、内観(内省、自己観察)をするのもいいかも。そろそろ、そういうお年頃!かしら。せっかく生まれてきた限りは、自分の人生を生きたいわね。人から、どう見えるかではなく、自分の本心に問いかけて人生をデザインする。支離滅裂で答えの無いおしゃべりでした。自分自身が考え中だから、ごめんなさい。皆様も考えてみてください。さぁ5月だ。陽気、勇気、奮起?ん~~何に?次回も宜しくお願いします。

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